日本の自動車産業黎明期とルノー4CV
昭和30年代、日本の自動車産業は急速な発展を遂げつつあった。その中で、フランスの自動車メーカー・ルノーは独特な存在感を放っていた。特に、日野自動車がライセンス生産していた日野ルノー4CVは、手頃な価格と小回りの利く性能で人気を博していた。
4CVは昭和28年に登場し、当時としては画期的な価格設定で注目を集めた。大卒初任給が8,000円にも満たない時代、100万円を超えるオースチンやヒルマンは一般人には手の届かない高嶺の花だったが、そんな中、4CVは73万円という価格で登場。平社員にとってはまだ高額ではあったものの、背伸びをすれば手が届く可能性が生まれたのである。
さらに、4CVには思わぬ顧客層が現れた。タクシー業界である。当初、日本の悪路でフランス生まれの華奢な足回りが悲鳴を上げる場面もあったが、改良を重ねて丈夫になると、たちまち人気に火がついた。それまでダットサンが寡占状態だったタクシー市場に、4CVが果敢に切り込んでいったのである。この爆発的な需要は、4CVの知名度をさらに押し上げる結果となった。
(via: https://car-l.co.jp/2017/07/22/1432/)
SBカレーの斬新な広告キャンペーン
しかし、4CVの真の輝きは、意外なところで発揮されることになる。それは、エスビー食品が展開した画期的な広告キャンペーンによってであった。
同社は、タクシー会社が下取りに出した中古の4CV(通称「タク上げ」)を100台購入。これらの車を鮮やかなカレー色に塗装し、車体に「SBカレー」のロゴを大きく掲げた。そして「1年間乗れば車はあなたのもの」というキャッチフレーズで、ドライバーを募集したのである。
この斬新な企画は瞬く間に話題となり、応募者が殺到した。結果、カレー色に塗られた100台のルノー4CVが日本中を走り回ることになったのだ。
キャンペーンの狙いと効果
このキャンペーンは、単にSBカレーの宣伝だけを目的としたものではなかった。当時まだ日本人にとって馴染みの薄かったガーリック(にんにく)という香辛料を、抵抗感なく広く知らしめる狙いもあったのである。
コスト比較と効果
エスビー食品の広告戦略は、コスト面でも非常に効率的であった。具体的な数字で見てみよう。
1台33万円の車両100台の購入費用3,300万円に、2年半(30ヶ月)にわたるキャンペーン運営費300万円を加えた総額3,600万円が、この企画の全体コストであった。これを月額に換算すると120万円、1日あたり4万円となる。
仮に1日に1,000人の目に触れたとして計算すると、1人あたりのコストは40銭となる。これは当時のテレビ広告(1人あたり1円70銭)、ラジオ広告(同45銭)、商品サンプルの直接配布(同15円)と比較しても、はるかに効率的であった。
さらに、このキャンペーンは2年半もの長期にわたって継続されたため、持続的な宣伝効果が得られたのである。
キャンペーンの反響と成功
昭和35年2月24日、同社提供のテレビ番組「少年ジェット」のCMを皮切りに、新聞紙上でも大々的に発表されたこの企画は、ほとんどのマスメディアに取り上げられ、街の話題となった。その結果、SBガーリックの知名度は急速に向上し、大きな成功を収めたのである。
結びに
昭和30年代、カレー色に塗られたルノー4CVが日本中を走り回る光景は、当時の人々の記憶に鮮やかに刻まれたことだろう。この出来事は、日本の自動車産業の発展と、創意工夫に富んだ広告戦略が交差した、興味深い歴史の一幕として位置付けられる。それは同時に、日本人の食生活や消費文化の変遷を象徴する出来事でもあったのである。
コスト効率の高さと長期的な宣伝効果、そして消費者の記憶に残る独創性。これらの要素が見事に調和したSBカレーのキャンペーンは、今日の広告戦略にも通じる先進性を持っていたと言えるだろう。
このSBカレールノー、今でも残っていないだろうか…。もし持っている方や写真が残っている方がいたら、SNSのDMなどで送っていただけると嬉しいです!
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