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【人生と床屋】第2回:『斬戯利』(蕨)〜アンティークな扉を開いてみれば、尺八とハサミの音がする〜

日本一小さな市、埼玉県蕨市。 このありふれたベッドタウンの路地裏に、カオスな理容室がある。 屋号は『斬戯利(ざんぎり)』。 明治維新の「散切り頭」を連想させる勇ましい店名だが、重厚なレンガ造り(実は後付け)の扉を開けた瞬間に広がるのは、古今東西の時間がごった煮になったワンダーランドだ。

1971年(昭和46年)創業。 この城の主「高杉さん」は、理容師であり、アンティークコレクターであり、そして尺八奏者でもある。 今回は、カオスと技巧が同居するこの「男の隠れ家」を訪ねた。

秋田のDNAと、27歳で建てた城

ご主人のルーツは秋田にある。 両親ともに床屋という環境で育ち、20歳まで実家で修行。その後上京し、都内の床屋を転々として腕を磨いた。22歳という若さで独立し、27歳で結婚。同時に家を建て、この場所での営業を始めたというから、昭和の男のバイタリティには恐れ入る。

西ドイツからのコンテナ便

店内に足を踏み入れると、視線のやり場に困る。 壁、棚、天井、至る所を埋め尽くすアンティークの山、山、山。

収集癖が始まったのは20歳過ぎ。最初は小物から始まったが、27歳で自分の城を持ってからはタガが外れた。 「パリの世界最大の蚤の市や、西ドイツまで行って買い付けをしてたんだよ」

まだ「西ドイツ」だった時代だ。彼は単身ヨーロッパへ渡り、気に入った家具や雑貨をコンテナに詰め込み、海を越えて蕨まで輸送していた。その審美眼は本物で、日本では手に入らないレア物も多い。最近ではプロのバイヤーが噂を聞きつけ、買い付けに来るほどだという。 「もう持っていてもしょうがないから」と、今年だけですでに100点近くが“ドナドナ”されていったそうだが、店内の密度は少しも減ったように見えない。

尺八奏者としては、大会に出場したり、パリのシャンゼリゼ通りを演奏しながらわたり切ったり、山奥で演奏したりと、とてつもない行動力を発揮している。

隣接する「理髪史料館」の衝撃

だが、驚くのはまだ早かった。 ご主人の収集への情熱は、ついに店舗のキャパシティを超え、隣の建物まで侵食していたのだ。 その名も「理髪史料館」。

看板に偽りなし。一歩足を踏み入れれば、そこは本業の理容道具の歴史的資料はもちろん、歴代のコカ・コーラの缶やボトル、そして分類不能なアンティーク雑貨がズラリと並ぶ、個人博物館となっていた。 「時間があれば、見学だけでも受け付けてるよ」 ご主人は事もなげに言うが、これだけのコレクションを個人で維持管理している執念には圧倒される。ここは蕨の秘宝館か。

大正時代の「玉座」と幻の皿とペコちゃん

再び店内に戻り、理容椅子に座る。 これもまたタダモノではない。大正時代に使われていたという重厚な椅子を、現代でも使えるよう自ら電動に改造したものだ。 なんでも、鳥取と博多に同じ椅子を使っている店舗があるそうだが、そのお店の椅子も高杉さんがまとめて注文してあげたそうだ。おそるべきバイタリティ。

アンティークの修復もすれば、尺八も自作する。 硬派な職人であり、趣味人。そんなご主人の生活を支えているのが、不二家の「ペコちゃん」だというから堪らない。愛用のカップも、スプーンも、あろうことか寝る時の枕までペコちゃん。西ドイツの重厚なアンティークに囲まれ、大正時代の椅子と仕事をし、夜はペコちゃんの枕で眠る。そんな生活を送っているそうだ。

ロバート秋山と尺八と民謡と

この濃厚なキャラクターを、メディアが放っておくはずがない。 以前、お笑いトリオのロバートが番組のロケで訪れた際は、現場は秋山竜次の独壇場となった。「地味な山本にパーマをかける」はずが、ご主人はなすがままに尺八を吹かされ、奥様(民謡の歌い手でもある)と共に民謡を熱唱・演奏させられたという。 「あのアドリブについていくのは精一杯だったよ」とご主人は笑う。

また、ASMR YouTuber「ヘアカット・ハリー」もこの店を訪れている。 「とにかく音を撮りたい」という要望で、ハリーの胸元はもちろん、ご主人の手元にまでピンマイクを装着。「ジョリジョリ」という剃髪音を極限まで拾うため、普段よりオーバーな動作を求められた。 「プロから見たら『あいつ、無理やり剃ってるな』って思われるんじゃないかって、ヒヤヒヤしたよ」 職人としてのプライドと、パフォーマーとしてのサービス精神の狭間での葛藤を振り返ってくれた。

ジージャンと私の最適解

大きなハサミで手際よく切っていく

オールドスタイルなスタンドシャンプー

サッポロビールのグラスで、コーヒーをいただいた

膨大なコレクションとエピソードに圧倒されている間に、散髪が終わった。 鏡を見て、思わず顔がにやける。 入店時は伸び放題でボサボサだった私の髪が、見事な「アメリカンソフトリーゼント」に仕上がっているではないか。

しかも、それが今日たまたま羽織ってきた古着のジージャンと、計算されたようにマッチしている。 「似合うと思ってさ」とご主人はニヤリと笑う。 かつてヨーロッパまで買い付けに行っていた男の審美眼は、客の服装と髪型の黄金比を一瞬で見抜いてしまうらしい。

大正時代の「玉座」に身を沈め、心地よいアンティークに囲まれる。視界は情報過多でクラクラするが、肌に触れるご主人の手仕事は、あくまで正確で、心地よいリズムを刻んでいた。 カオスな収集癖と、実直な職人技が交錯する蕨の小宇宙。ここは、ただ髪を切る以上の、濃厚な時間旅行を味わえる場所だった。


斬戯利(ざんぎり)
住所:埼玉県蕨市(詳細は要確認)
創業:1971年 備考:隣接する「理髪史料館」は、ご主人の時間とタイミングが合えば見学可能。アンティークの販売もあり。

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えこだりょう

えこだりょう

編集者 / ライター

人々の生活、衣食住に興味があります。 最近では主に職人さんとその手仕事(アナログ的な技法)を取材。 その他にも商店街・ピンク映画館・グッとくる看板・居酒屋のトイレ・シニアのファッション・宗教施設グルメ・入りにくい店などを追っています。

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